作家より

平川忠の造形表現とそのコンセプト

平成元年、備前市新庄に窯を築き独立を機に、現代備前焼に比べ圧倒的に土味や焼味などで深みの有る中世備前焼の研究に着手した。伊部近郊の山々を巡り古窯跡を訪ね、窯の構造や構成素材の特徴を解明する作業に数年間没頭していた時、窯跡に散る陶片から陶土の研究も併せて行わなければ、当時の焼きものの解明は出来ない事に気が付いた。この時から窯跡の調査研究に加え中世の備前焼に用いられた土の探査、研究が現在まで続ける事が私の作品造り、表現方法のメインテーマとなっていった。

備前焼成立以前の須恵器と呼ばれる焼きものを焼成した初期の窯は、大地を掘り抜いた地下式の窖窯で、またその後は天井部分(アーチ部)が地上に出た半地上式(半地下式とも言う)の窖窯が用いられた。いずれも、その山(大地)の土で、床、壁、天井が構成され、その土が焼成によって出す熱の影響を受けて焼きのもが産まれた。これが現代を代表する窯の構成素材、レンガ(煉瓦)との違いである事に気付き、平成14年、中世古窯の中でも室町時代初頭の窯をモデルにモジュールを縮小した1号土窯を手造りで復元し第1回焼成を行った。この焼成を行うまでに平成7年にレンガの窖窯を手造りで築き室町時代初頭の窯詰めの方法や焼成方法を復元するため、古窯跡で得られた情報を基に様々な試験を行った。それと言うのも、当時の窯焚きや窯詰めの事を記した文献や言い伝えなどの資料は現在まったく残っておらず、暗闇の中を古窯跡で得られた情報を頼りに一歩ずつ手探りで進めていくしか、手段はなかったからだ。また並行して土窯を築くための取り組みとして木や竹による骨組みでアーチを造り、これに伊部周辺の山々から採土した土を貼り付け焼成する試験を条件を変えながら何度も行ない、データーを積み重ねた。

これらの取り組みの結果、平成13年から1年をかけて中世古窯(以降は土窯と呼ぶ)の復元を行ない翌14年9月に土窯(1号窯)は完成した。 土窯第1回焼成の結果、古窯跡で見た陶片と同等の焼きものを窯出し出来、上々の結果と貴重なデーターが得られた。現在までに1号土窯は4回の焼成試験を行ない、平成22年には前年発掘調査した南北朝末から室町初頭に創業されていた古窯をモデルに考古の研究者と協同で土窯を築き焼成試験を現在までに5回行なった。

これらの結果から自然界にある台地の土を用いて築いた窯は土そのものの特徴を持った熱を放射するという、人間が加工した材料からは出せない理想的な熱で焼きものを産み出す窯である事が分かったのである。

山中にある土(陶土)は台地にある時には活き活きとした表情をしていて、また焼成しても人の顔がそれぞれ違うように、それぞれ個性を持っている。

私の焼きものはこれら土そのものの窯を用い山中を歩き回り出合った土(陶土)の個性を最大限素直に引き出す事が作品制作全ての根底にある。そして今後は、土窯と山土(陶土)を基に未来(あす)へ向けた新たな可能性を表現した新作の取り組みを進めていくつもりである。





動画情報

土が教えてくれる。

中世の窯跡が多数発見される備前市熊山(標高507m)はその山頂付近にある熊山遺跡でも有名な神奈備山です。古代の土器作り集団が神を祀ってこの山に窯場を求めたのでしょうか。当時は土と燃料がある場所のそばで作るのが合理的だったというわけです。

この映像は熊山の中腹を過ぎもう山頂に近いのではというあたりの沢の周辺に発見された場所で平川忠氏とアシスタントの赤井さんが眼を輝かせながらお話くださっている動画です。

対談後記

「土がすべてを教えてくれる」

平川忠の作陶の理念はこのことばに集約される。備前焼は伊部(いんべ)の田んぼの底にある細かい粒子の粘土を使うとされるが、実際はそれに色々な性質の違うものを混ぜて独自の土味を求めてゆくのだ。

平川の場合は山土(山粘土)を使う。20年以上も続く中世の古窯とそれに伴う土の研究は鎌倉期にまでさかのぼって焦点が当てられている。備前焼の原点は須恵器に求められるが、それを含めて古い窯跡は伊部周辺のほか長船、牛窓、和気などに存在する。そんな遺跡を踏査してきた平川が得た結論が始めに紹介した「土がすべてを教えてくれる」ということなのだ。

作品の特徴はその土味で、一般的なそれとは趣を異にしている。彼が使う土はそれぞれ採取した場所によって微妙に風合いが違いそれがおおきな魅力となり、形は古典的なものから独自の造形まで幅広くその力量が発揮されている。

そうして土の魅力を最大に引き出すために再現された土窯から生まれた作品群はまるで焼き菓子でできているかのような柔らかさをもって現れるのだ。

「土が”こうなりたい”という声を聞き、人間ができるだけ手を加えないように心がけている」と平川は言う。

私があえて彼を評するならば「陶芸のミニマリスト」と呼びたい。20世紀の美術にミニマリズムというものがある、あらゆる作為を最小限に抑えて美の本質に近づこうとするものだが、現代美術と伝統工芸の違いの中にも大いに通底するものがあると感じさせる。

備前の原点をその心の内にとらえ、未来に自らの一歩を踏み出そうとする平川忠の作陶姿勢におおいに期待するとともに敬意を表したい。

<対談後記:近重博義>

作品一覧

すべて見る

作家略歴

1955年 陶工平川正二の長男として生まれる(昭和30年)
1981年 金沢工業大学建築学科を卒業後、父正二の下で陶技を学ぶ
1985年 第47回一水会陶芸部会展 入選 以後5回入選
1989年 5月 備前市新庄 毘沙門山のふもとへ陶房と登り窯を築き(平成元年)
10月 初窯を出す この年より古窯と陶土の研究を始める
1990年 第26回亜細亜現代美術展 新人賞 以後5回入選
1996年 第17回岡山日日新聞文化賞受賞
1997年 NHKテレビ番組 発見中国'97古備前原点をみつめる平川忠を制作
2000年 第30回備前陶心会展 岡山県知事賞受賞
2002年 9月 2002年より取り組んでいた室町の古窯を参考にした土窯(試験窯)が完成
天満屋岡山店美術ギャラリーにおいて個展
2006年 備前焼研究フォーラム2006において古窯復元の研究発表を行う
2008年 沖縄・琉球ガラス工芸協業組合と協同、作品開発を始める
2009年 岡山県F邸 露地「庭」デザインプロデュース
2010年 4月 備前市教育委員会と共同、古窯復元プロジェクトを立ち上げ。土窯の制作と研究に入る
6月 岡山県K邸「倉」改装 デザインプロデュース
2011年 岡山県津山「棟方志功・柳井道弘記念館」に於いて企画展「古窯復元・陶芸家平川忠の取り組み」を9月より11月まで開催
2012年 3月 地域循環型環境・エネルギー対策プロジェクト「日生のカキ筏から生まれた備前焼」の焼成に成功する
6月 お寺アートプロジェクトをプロデュース
・香川県 信光寺アートプロジェクト
・岡山県成羽 浄福寺に於いて親子展 7月 備前市埋蔵文化財管理センターに於いて「日生のカキ筏から生まれた備前焼」展を備前市教育委員会と共催
12月 地域循環型環境・エネルギー対策プロジェクト「日生のカキ筏から生まれた備前焼」の第2回焼成に成功する
2013年 4月 湯郷アートプロジェクト「陶器のお茶会」に出展参加
1991年~ 美作大学 非常勤講師(~2010年)
1999年 岡山県備前陶友会青年部 会長
2002年 備前陶心会 会長(~2003年)
2003年 岡山県備前焼陶友会 監事
2006年~ 岡山県備前焼陶友会 理事
2009年~ 備前市国際交流協会 理事
2011年 「中世古窯(土窯)の復元と研究」福武教育文化振興財団助成事業認定
岡山県備前焼陶友会会員
備前陶心会会員

copyright © 2013 備前焼の世界 All Rights Reserved